東京こけし友の会の機関紙である「こけし手帖715号(令和2年8月号)」に「今晃さんの木ぼこ頒布3寸こけし」を掲載していただきました。以下に、その内容をお知らせします。
「こけし手帖715号・今晃さんの木ぼこ頒布3寸こけし」
平成21年、秋田市の桑原金作氏から今晃さんのこけしコレクション群を譲り受けました。(こけし手帖596号・平成22年9月号「桑原コレクション・今晃こけし群を引き継ぐ」参照)そして、平成24年頃より、この今晃さんのこけし群を図譜にまとめて、みなさんに紹介しようと考え、平成26年4月、「木おぼこ・今晃」-今晃こけし図譜―を発行(光芸社出版)しました。
私は今晃さんの本人型こけしに魅了されています。しかし、「今晃の本人型こけしは、伝統こけしではない!」と、批判もされます。みなさんにおかれましては、如何でしょうか!
平成28年春に、閉店をされた町田市のこけし専門店「木ぼこ」(店主苅部りょう氏)では、今さんの本人型小寸(3寸)こけしを頒布されていた。平成14年5月から平成25年1月まで、11年間に渡って、5本一組で63回、合計315本を頒布されました。当初は十数人の方々に頒布をされていましたが、最後は3人ほどになったようです。今さんが平成25年に下半身の痺れや麻痺を発症されて、制作、頒布が困難となりました。
平成23年9月、今さんは下半身への痺れや麻痺症状が現れ、以降、療養に努めながら体調の良いときに制作されておられた。しかし、平成25年3月下旬、再度、発症され、6月下旬から重篤状態に陥れ、入院をされた。7月のお見舞時、ベットに横たわっておられた今さんが、筋肉のそげ落ちた両腕を震えながら挙げられ「坂入さん!もう、こけしは作れないヨ」と、一筋の涙を流された。私には、今さんが十代の頃、病床の小松五平さんを訪ねられ、「こけし職人になるんだ!」と決意された場面が蘇える。「これからが勝負だ!」と語っておられた今さんの気持ちを思うと、たまらない!
急遽、図譜制作、発行を急ぎ、12月、出版社への原稿締め切り、そして、平成26年4月23日に発行した。今さんは、厳冬期の岩木山、「嶽」での生活を断念され、秋田県大館市に移住をされた。それらの経緯は、図譜「木おぼこ・今晃」の「今晃さんのこけし遍歴」、HP[木おぼこ・今晃」のブログ「21・今こけしにみる心象風景」で記していますので、ご覧ください。
今さんは、この頒布こけしを大いに気に入られ、一組ずつ、全てのこけしを残されていたのです。しかし、こけし製作ができなくなり、入院費や生活費の工面で、「坂入さんになら!」と、この頒布こけしの全てを譲っていただいたのです。薄暗い裸電球の中、息子さんと二人でこの315本を探し出した時の戦き、感動は忘れない。315本のこけしは、頒布毎に、今さんの自由闊達な発想で生み出されていく。その1本1本に個性が溢れ、その朴訥とした表情は、見るもの触れるものの気持ちを和ませ、楽しまさせてくれます。それら並べて眺めてみますと、壮観な一つの今晃の世界となっています。特に、これら小寸こけしは、今さんの魅力を遺憾なく発揮されているのです。
これら315本のこけし群は、HP「木おぼこ・今晃」の「木ぼこ頒布3寸こけし」 http://sanejiro.sakura.ne.jp/main/?page_id=439 で公開していますので、ご覧ください。また、機会がありましたら、例会に持参し、みなさんに見ていただきたく思っています。