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木おぼこ・今晃 ブログ
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[39] 「木おぼこ・今晃」―坂入ボックスー平成27年を掲載!!
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[39] 「木おぼこ・今晃」―坂入ボックスー平成27年を掲載!!
「木おぼこ・今晃」―今晃こけし図譜―には、昭和47年初作から平成25年12月製作までのこけしを掲載しました。それ以降、平成26年1月から製作されたこけしは、その全てのこけしを「坂入ボックス」として収蔵し、このHPにおいて公開しています。将来的には、「木おぼこ・今晃」Ⅱ―今晃こけし図譜・坂入ボックスーとして、「木おぼこ・今晃」―今晃こけし図譜―の続刊として、再編集して発行をします。
平成26年1月は、こけし機材を大館に搬出してしまった嶽において、二人挽きロクロを作られ、こけし製作を開始された。4月には「木おぼこ・今晃」-今晃こけし図譜―を発行し、その記念こけしを嶽での最後のこけしとして製作された。5月に、大館に転居されて、大館初作の二人挽きや機械ロクロでのこけし製作を開始されたのでした。
そして、平成27年4月に、沼田元気さんがこけし時代社から「KONNBOX」―今晃木形子特装本―を発行された。そこには、8寸こけしや二人挽き2,3寸こけし、板絵にエジコなどなど、各200本に及ぶ膨大な製作でもあった。平成25年の重篤状態から奇跡的回復、復帰されたとはいえ、1年以上もの製作期間をかけ、かなりの体力と気持ちの充実を要したようです。今回、それらのこけしを含めた平成27年の「坂入ボックス」を掲載しましたので、ご覧ください。
平成27年3月1日に、初孫が生まれ、今さんには、初孫誕生祝こけしや木地玩具を作っていただきました。初節句には、こいのぼりなども出してお祝いをしました。「これからも、木地玩具を!」とお願いしましたら、「構想や、こいのぼりなどのパーツの多い木地玩具は、大変なんだヨ~」との事でした。
「40」 阿保金光さんがお亡くなりになりました。
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「40」 阿保金光さんがお亡くなりになりました。
10月26日、津軽こけし館のブログで、「皆様、とてもとても悲しいお知らせがあります。10月23日金曜日、津軽系 阿保金光工人がお亡くなりになりました。」との訃報がありました。翌日のブログには。津軽こけし館の山田さんが、「金ちゃん」と題し、「○×▲◆~!~%~!!! ガハハっ!」何を言っているか良くわからない事が多かったけど、正直、金ちゃん語の解読に関してはかなり上級者だったと思う。その人柄を偲ばれておられます。
このHPに掲載してある「こけし蒐集・津軽の旅と似顔絵」 http://sanejiro.sakura.ne.jp/tsugaru.html に、2006年第19回こけし工人フェステバルに、似顔絵を描くために工人さんを訪ねました。「さあ~!こけしのふる里、温湯だ! 紅葉間近の森林帯を突っ切る。民家はみえないが立派な道路が続く。ダムやダム湖、観光用の幟や旗がひしめき、「さんままつり?」この山の中にサンマ?と思いながら走っていると、『温湯温泉街』という錆びた看板が目に入る。まず、津軽こけし館に伺う。実演工人阿保金光さんにお会いし、持参した似顔絵8枚を見せると『あら~、佳樹さんだ!』『そう、美津雄さんは、いつも肩に手を当て、このポーズよ』と話が進む。金光さんから『ダルマ模様のこけし』を差し出され、『オレにも描いてほしい!』と依頼される。なかなか、津軽人どうしの津軽弁は?でした。」とある。しかし、実際には、強面の金光さんの津軽弁がまったく、理解できずに、困っていたのでした。家にお邪魔をしたこともありました。
豪快な佐藤佳樹さんとは「俺は佳樹、お前も良喜か!」と、その数年後には、こけし手帖に「もう、届かないこけし!」との弔辞を書くことになった。そして、小島俊幸さんの急逝である。今度は、金光さん!!! ご冥福をお祈りいたします。
今さんや美津雄さんは、体調が優れずと、、、 、しかし、正文君に優志君、鳴子で修行中の小島さんの娘さん、そして、もう一人の若者に!!

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