「40」  阿保金光さんがお亡くなりになりました。 

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「40」  阿保金光さんがお亡くなりになりました。  
10月26日、津軽こけし館のブログで、「皆様、とてもとても悲しいお知らせがあります。10月23日金曜日、津軽系 阿保金光工人がお亡くなりになりました。」との訃報がありました。翌日のブログには。津軽こけし館の山田さんが、「金ちゃん」と題し、「○×▲◆~!~%~!!!  ガハハっ!」何を言っているか良くわからない事が多かったけど、正直、金ちゃん語の解読に関してはかなり上級者だったと思う。その人柄を偲ばれておられます。
このHPに掲載してある「こけし蒐集・津軽の旅と似顔絵」 http://sanejiro.sakura.ne.jp/tsugaru.html に、2006年第19回こけし工人フェステバルに、似顔絵を描くために工人さんを訪ねました。「さあ~!こけしのふる里、温湯だ! 紅葉間近の森林帯を突っ切る。民家はみえないが立派な道路が続く。ダムやダム湖、観光用の幟や旗がひしめき、「さんままつり?」この山の中にサンマ?と思いながら走っていると、『温湯温泉街』という錆びた看板が目に入る。まず、津軽こけし館に伺う。実演工人阿保金光さんにお会いし、持参した似顔絵8枚を見せると『あら~、佳樹さんだ!』『そう、美津雄さんは、いつも肩に手を当て、このポーズよ』と話が進む。金光さんから『ダルマ模様のこけし』を差し出され、『オレにも描いてほしい!』と依頼される。なかなか、津軽人どうしの津軽弁は?でした。」とある。しかし、実際には、強面の金光さんの津軽弁がまったく、理解できずに、困っていたのでした。家にお邪魔をしたこともありました。
豪快な佐藤佳樹さんとは「俺は佳樹、お前も良喜か!」と、その数年後には、こけし手帖に「もう、届かないこけし!」との弔辞を書くことになった。そして、小島俊幸さんの急逝である。今度は、金光さん!!!   ご冥福をお祈りいたします。
今さんや美津雄さんは、体調が優れずと、、、 、しかし、正文君に優志君、鳴子で修行中の小島さんの娘さん、そして、もう一人の若者に!!

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