「172」 嶽時代の本人型小寸こけし

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 今さんは本人型こけしを作られる時、ブログ「18・今こけし・エピソード1」 http://sanejiro.sakura.ne.jp/main/?p=249 にもあるように、こけしの胴模様を左右に描いた対のセット(作例=佐々木金次郎型の面相に、鳴子型の木地形態、対のボタン模様など)、または、常寸こけしと小寸やエジコとのセットで作られたりします。そして、津軽の伝統的なこけし型を「今晃の世界で昇華した本人型」(作例=盛秀型写しと本人型)など、多種多様に作られます。

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「163」 今晃さんのこけし署名の変遷(2)

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今晃さんのこけし署名は、各時代時代によって変遷をしています。その署名によって、どの時代作かよく分かります。今晃さんのこけし図譜「木おぼこ・今晃」の「こけし署名の変遷」には、その署名写真と時代区分を掲載しています。また、このHPのブログ「62・今晃こけしの署名の変遷」http://sanejiro.sakura.ne.jp/main/?p=594でも公開していますので、ご覧ください。

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「162」 「今晃さんと木地挽き師匠、大類連次さん」

 今晃さんの最初の木地挽き師匠は、大類連次さんであったようです。今晃さんのこけし図譜「木おぼこ・今晃」(光芸出版)の「今晃さんのこけし遍歴」では、『昭和47年(昭和46年の間違い)、高校3年9月、新聞記事で「大湯のこけし後継者がいない」と知る。「自然に生きたい」と考えており、何か「ピーン」と来るものがあり、その日のうちに訪ねた。工房には土日に通い、卒業と同時に住み込み就職をした。木地挽きを大類漣次工人に教えてもらったのは数ヶ月だけで、後は、独学であった。

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